想像の翼とメディアの力

昨年夏、本屋さんでひときわ目立っていた池井戸潤さんの『銀翼のイカロス』
をようやく読み終えました。そうです!
あの『やられたら倍返し』の半沢直樹シリーズです。

今回も銀行内部のリアルさは、元邦銀の融資課で働いていた私にとっては
懐かしい部分満載でした。

書類倉庫のカビのような独特のにおい。
ダイアルを左右に回すとカチャッと音がし、開く金庫のドアの重さ。
灰色のキャビネットの中にぎっしり詰まったファイルの茶色い軍団。

この本も期待を裏切らず面白いストーリー展開でした。

だけど、私がフラストレーションを感じたのは、
頭の中の登場人物が、ことごとくテレビで観た俳優さんたちの顔になるのです。
半沢も同期も社長も、そして金融庁検査官も。。。

何年か前に読んだ『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』の時の
半沢直樹は、私の感覚では、185㎝くらいの背の高さと、がっしりした体格。
顔も身体も白クマのようなイメージでした。

なのに、私の想像の翼はテレビの個性派俳優にきれいに上書きされてしまったのです。

『銀翼のイカロス』を読んだ直後は、本というよりむしろテレビドラマを
一本観終わった感覚になりました。そこに違和感を持ったのだと思います。

考えてみれば、テレビや映画の映像のメディアの力は、
私たちの想像の翼を圧し折っていく力があります。これはちょっと怖いことです。

私たちの中に芽生える空想の世界は、いとも簡単に何かの力にねじ伏せられるのですから。

半沢役の堺雅人さんは白クマではない・・・。
私の白クマのような半沢直樹はいったいどこにいったのでしょう?

今回、メディアの刷り込みの強さについて改めて認識した次第です。
私たちの自由で柔軟な発想を、知らない誰かに囚われないようにしたいものですね。